2016年09月12日

中国航海博物館

中国航海博物館は、上海市の南東部にある、船関連の博物館だ。
「弾丸の地」とも呼ばれる狭い上海だが、その弾丸のさらに先端に位置し、上海市の中心部からは50キロ以上離れていて、車でも1時間弱かかる。
電車だと、16号線の終点までで、2時間半以上はかかるらしい。
少し遠い場所だが、昔の船について知りたかったので行ってみた。

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4階建てで結構大きい。
この周辺は、新しい港湾地区でまだ空き地が多く、蘇州園区のような感じだった。

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行った日は、ちょうど旅行節とかで半額で入場できた。

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中に入るとすぐに大きな船のレプリカが飾ってある。明時代の船らしい。
この船の上にも乗れ、構造を観察できる。

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甲板の上。この道具で帆を上げたり下ろしたりするようだ。
帆柱を直接よじ登ったりするわけではないらしい。

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甲板の下の船員達の部屋。
わかりにくいが、はしごの左右に二段ベッドが並んでいる。結構ちゃんとした部屋だ。

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甲板の後部の船室。
意外にちゃんとした部屋。

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船底部から。
この舵もとても大きい。6畳くらいある。

それから、船の歴史が分かる展示物がいろいろ展示してあった。
先史時代の独木舟から、戦国時代〜遣唐使船〜宋〜明清〜現代まで、様々な時代の船の模型や部品の実物などが展示してあり、興味があれば面白いと思う。
この辺の展示物は撮影禁止ということなので、ここでは載せないが。

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それから、昔の船の作り方なんかも詳しく展示してあった。

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船の下層部の構造。
この横にいくつもある仕切り板みたいなものは、底板の一部分に穴が開いても板で区切られた他の区画には水が入ってこずに船がなかなか沈まないようにするためにあるという。
中国古代船舶の三大構造の中のひとつらしい。
ちなみに、そのほかの二つは舵と竜骨だという。

それから、洋山深水港区に関する展示がある。
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洋山深水港区の模型。
上海南の沖にある島に作られた港。2010年に開港したらしい。

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この港は、沖合の島にあり、本土と島の間に高架道路を通して無理矢理物流をよくしている。
ちなみに、この博物館はこの地図の本土の一番右下の、まん丸い人工湖の左岸にある。
こんな場所に無理矢理港を作ったのは何故なのか。

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その理由がこれ。
上海市は長江の河口にあるのだが、水深が浅く、10メートルにも満たない。
大きな船は外高橋や宝山の港までは入っていけないため、あんな変なところに港を作らざるを得なかったというわけだ。
上海が、長江と銭塘江という二つの大河の河口に位置し、川から運ばれた土砂が堆積して形成された土地だというのがよく分かる。

そのほかには、現代の海上防衛についてとか、船員体験とか、船の模型の手作り工房とか、操舵の体験とか、子供の喜びそうなものもいくつかある。
自分としては、昔の海上貿易の様子なんかがもっと分かる展示があればより良かったが。

午後4時に閉館してしまうので、注意が必要だ。
タグ:上海
posted by からみもち at 03:23| 上海 | Comment(2) | TrackBack(0) | 旅行観光(華東地区) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月19日

武夷山観光の感想

労働節の休みに、武夷山に行ってきた。
武夷山は世界自然文化遺産で、中国ではとても有名な観光地だ。福建省と江西省、浙江省の境にある。
とても有名で前から知っていたが、写真なんかを見ると黄山や張家界等のような絶景はなく、特に行きたいとは思わなかった。
今回は、近くの観光地はあらかた行き尽くしてしまい、行くところがなくしょうがなく武夷山へ行くことにした。
しかし、行ってみたら思いの他よい観光地で、何が良かったのかを何点か書いてみたい。

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@武夷岩茶
武夷山周辺は、武夷岩茶という烏龍茶の一種の一大産地で、岩茶という名の通り、急な岩場の合間の小さなスペースに植わっている。なので、武夷山風景区の中がまさに武夷岩茶の本場で、遊歩道の脇のいたるところに茶畑があった。
五月の初めはちょうど新茶の刈入れの時期で、お茶の葉の香りがとてもよかった。茶摘みの光景も楽しめた。
武夷岩茶の中でも特に有名なのが、「大紅袍」という種類で、原産が武夷山で、原木が6株しかない。その6株からとれる本物の大紅袍は500gで10万元(約200万円)したこともあったという。1972年にニクソン大統領が中国を訪問した際に毛沢東がこの大紅袍を送ったらしい。
その6株の大紅袍原木も見ることができ、中国の茶文化を楽しめる。

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A朱熹の故郷等もあり、昔から栄えていた
宋の時代の儒学者で朱子学の開祖として有名な朱熹が、この武夷山周辺で50年以上暮らしていたという。
武夷山周辺は宋朝以降はお茶の交易でも栄えていて、周囲には下梅古鎮、五夫古鎮、和平古鎮等の古鎮もそこそこある。
中国の歴史も感じることができる。

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B歴史が長い。
紀元前の漢王朝の時代に、閩越国という国があり、高祖劉邦の統一事業に協力して王に封じられ、その後武帝の時代に滅ぼされた。その閩越国の首都が武夷山の東側の興田鎮というところにあったという。今は遺跡が整備されて観光地になっているらしい。
それより前になると、先住民族が暮らしていて、崖の途中に棺桶を安置するという「懸葬」という独特な葬儀を行っていたらしく、その2千何百年前の棺桶が武夷山の博物館で見れる。この風習は長江流域や東南アジア等にも広く見られるらしいが、時代が最も早期に見られるのがこの武夷山の界隈らしい。
なぜ棺桶を崖に置いていたのかは今も謎らしい。
懸葬がされていた崖は九曲川下りをしていると見ることができる。
このあたりの神秘的要素があるところも武夷山観光に奥行きを持たせる。

このほか、ホテルは充実していて、五つ星ホテルも10件以上あるし、空港もある。
風景区は1つ2時間程度で観光でき、山上の見晴らしのいい風景をお手軽に楽しめる。
山登り以外に、九曲川下りもあり、休憩しながら景色を楽しめる。

こういうわけで、武夷山は思った以上に楽しめ、さすがに有名な観光地なだけのことはあるな、と思った。
山があって川があって、それこそ山水画のような世界を楽しめ、さらに歴史も感じられる。
写真で見たときはインパクトがそんなにないが、風景以外に文化を楽しむ要素があって、写真だけでは伝わらない良さがあった。
詳細はフォートラベルのほうで追々アップしていければと思う。
タグ:旅行 福建
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2014年04月08日

楠渓江の岩頭古鎮、芙蓉古鎮(浙江省)

楠渓江は、温州市を河口とする瓯江の支流で、温州近郊で合流する。
岩頭古鎮、芙蓉古鎮は2つとも、温州市から60キロくらい北に行ったところにある岩頭鎮にある。

查看大图
地図で見ると、高速道路からそんなに離れていないので行き易く見えるが、実際は高速道路を降りてから岩頭鎮の手前まで、道の両脇に出店がずっと続いていて、人通りも多いし、車両の渋滞を引き起こしていて、とても神経を使う。


芙蓉古鎮の入り口。入場料20元。

陳氏大宗という建物。この古鎮で一番立派な建物。

門の中には、劇台がある。じいさんが二胡を練習していた。
旧暦二月には、ここで劇が催されるらしい。

劇台の天井の飾り。すごく凝ってるんだけど、神像の顔が削られているのが残念。

池の中の建物が涼しげ。老人たちの憩いの場所となっていた。
後ろの山々の形も個性的。

この芙蓉古鎮もそこそこよかったが、ここのメインは、岩頭古鎮であった。
岩頭古鎮は、芙蓉古鎮から北に1キロも離れていない近い距離にある。

岩頭古鎮の入り口。ここもしっかり整備されている。入場料15元。
芙蓉古鎮よりも人気もかなりある。

入り口を入るといきなり、メインの見所である麗水街に出る。
川沿いに、長い回廊が続いている。この風景はガイドブックでよく出ている。

回廊はきちんと整備されていて、食べ物屋やらみやげ物屋やらが並んでいる。

ここで、「香園金粉餃」というのを作っていた。おいしそうだったので食べてみた。

香園金粉餃の近影。2つで五元。
味は、中身が餃子で皮は餅みたいにモチモチで、とてもおいしかった。


麗水街の対岸には、高台に塔がそびえ、その向こうには奇妙な形の山がそびえる。

対岸に劇台があり、何か催し物をやっていた。京劇だか昆劇だか知らないが。

水路沿いは石を敷き詰めてきれいに整備されている。

丘に登って塔と町並みを見下ろす。
見晴らしのいい丘があって、道もよく整備されていて、観光客も多いし、なかなかの古鎮だ。

丘の麓には小川が流れ、その隣に水亭祠というのがある。
狛犬が個性的。

水亭祠の中。想像の範囲は超えない感じだ。

岩頭古鎮は、麗水街をはじめ、いろいろ見所があって設備が整っている古鎮だった。
香園金粉餃もおいしかったし。

芙蓉古鎮の向かいの畑。
菜の花が咲いている場所がここくらいしかなかったが、電信柱が邪魔であまりよろしくない。

というわけで、この時の旅では菜の花がろくに見れなかったのが不満だったが、まあまあ見所があって、疲れた甲斐はあったかなとぎりぎり思えるような旅だった。
タグ:浙江 旅行
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2014年03月31日

泰順の廊橋群(浙江省)


泰順は、浙江省の最南部の福建省との境目の地域だ。
泰順県の町は温州の西南150キロくらいのところにあるが、この間にこの地方独特の橋が数多く存在する。
この地方の端の特徴は、基礎を釘を使わずに材木だけで組み、橋の上に屋根がついてて雨宿りができる形になっている。
明や清の時代に多く建てられており、「木拱廊橋」というらしい。
それぞれが立派な橋だが、町中ではなく辺鄙なところにあるものも多く、バスも走ってないところにもあるのでかなり回りづらい。
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こういう風に、泰順県近辺に30いくつもの橋が分布している。
沈海高速の泰順出口から泰順県城まで、省道331号が通っており、この道路が制限速度70キロくらいのきちんと舗装された道路で、この道路を軸に分岐にちょくちょく入って観光する形になった。

まずは、「泗渓鎮」というところに行った。
泗渓鎮はほぼ省道331号沿いにあり、比較的交通の便がよい。

查看大图
この泗渓鎮には、「渓東橋」と「北澗橋」という2つの有名な橋がある。
交通の便もよく、お店も立ち並んでいて、観光客もそこそこいた。


渓東橋。廊橋の標準的なデザイン。
丸太を両岸に斜めに挿し、さらに縦横に丸太を組んで橋を渡す。八の字になっているのが特徴。

橋の中はこういう形になっている。
梁にも装飾が施されている。
板がひいてあり、人が座れるようになっている。
昔はこういう橋が人々の交流と憩いの場となっていたようだ。

橋の真ん中には神様が祭ってある。
地味ながら装飾がちらほら施されていて、こういうド田舎の言わば公共施設でもデザインに凝るところを見ると、中国の歴史は深いと感じるし、同時に新中国の建物ってどうしようもないなと思う。


北澗橋。泗渓鎮にあるもう一つの橋。
ここは観光客が多く、泰順界隈で一番の観光スポットのようだ。

橋の入り口。みやげ物屋がそこそこ出ていて、若干にぎやかだ。
昔はこの橋の上にも屋台が出て、祭りのときには人形劇なんかも催されていたという。

橋を渡った先には「廊橋文化展庁」があり、そこで中国の廊橋文化を学べる。

中の様子。橋の模型がそれぞれ飾られていて、なかなか面白い。
一階のホールでは廊橋に関する講演を一日に何回もやっているようだ。
この泗渓鎮は泰順の廊橋観光のメインのような気がする。

この後、三条橋と毓文橋を目指した。
この2つの橋は、同じ道路の上にある。

查看大图
バスで行くには、泗渓鎮からまず三魁鎮まで行き、それから洲嶺行きのバスに乗り換えないといけないらしい。


三条橋の目印。
ここから脇道に入り、1キロ以上の道のりを進む。

峠まで行くと車道も途切れ、こんな石畳の道をずっと下る。

石畳の道を500メートルくらい下ると、三条橋にたどり着く。
周りには山と川以外何もなく、なぜこんなところにこんなに立派な橋を作ったのか、まったく不思議だ。

そばで見ると、泗渓鎮の2つの橋よりもだいぶ素朴になる。
しかし何でもこの三条橋は泰順地区で最古の廊橋らしく、こういう人気のない渓流で風雨に晒され浅黒くなってる感じがすごくよい。


その後で、毓文橋へ行った。「竹洲線」をさらにずっとまっすぐ行くと「洲嶺郷」という集落に着き、その南側にある。

これが毓文橋。アーチが木を組んだものではなく、石を積んで作ってある。その他、廊が三層になっているのが特徴。欄干も中国らしいデザイン。

橋の中は平坦でシンプル。

橋の両岸は山に囲まれていて、西側には社廟がある。橋の北は盆地が広がり、南は渓谷になっている。
橋のデザインもいいが、周囲の環境も、傍の大木の葉が一つもない枯れ切った感じが、侘び寂びを感じさせ、とてもよい。

橋の上から、北側の平地を撮影。畑もあり、人家もたくさんある。

毓文橋は、橋そのもののデザインも美しいが、周りの木の感じや山に挟まれている環境も合わせてとても雰囲気があるし、盆地の最南端に配置されているところも、昔の人にしてみると何か特別な意味があったのかな、ということも感じさせ、このとき回った橋の中で一番好きな橋だ。


この日は毓文橋で観光を終え、泰順県城の旅館に泊まった。
泰順県のバスターミナルの隣にあるこのホテルは町の中でもランクの高いホテルで、インターネットもできる。168元。
泰順県の町中には廊橋はないようだ。
近くには、「仙居橋」というのがある。泰順県バスターミナルから、「童東線」という道路を北に10キロくらい行ったところにある。
路線バスも出ているようだ。

仙居橋のバス停。奥を走る黄色い車が路線バス。

仙居橋。やはり周りは山と河と道路しかない。
この橋は、泰順界隈で最も長く、建設されたのも15世紀とかなり古いらしい。

この辺にはトレッキングコースがあるらしい。一周15キロくらい。いつか回ってみたい。


この後、筱村に行った。筱村には、廊橋と古鎮がある。
筱村は、泗溪鎮の北西30キロほどのところにある。

これは、文興橋。
筱村の北西、白岩坑トンネルの手前に、この文興橋はある。
この橋の手前は田んぼが広がっていて、とてものどかだ。

この橋の大きな特徴は、左右非対称なことだ。
橋の左側と右側で、橋の傾きが違う。

文興橋の入り口。屋根や外壁なんかもしっかりと再建されている。

文興橋の中。こちら側はけっこう急になっている。

反対側。こちら側は比較的緩やかになっていて、左側と右側で傾きが違うのが実感できる。

中心には神棚が設置されている。この橋の神棚が一番手入れされていた。

文興橋の周りは山と川以外に田んぼもあってまたのどかな感じが別の橋と違う。

総じて、今回回った泰順の廊橋の数々は、どれもそれぞれ個性があって、思っていたよりもなかなか見ごたえがあったかな。
しかしそれぞれの橋が離れているので、観光するのはけっこう大変だった。
ほとんどが山道なので、自分で運転してても集中を持続させるのと体が左右に振られるのとでけっこう疲れる。
加えて、がけ崩れとか工事中とかで通行できないところなんかもあって、実際の距離よりすごく時間がかかる。

それから、筱村には徐岙底古村という観光地があり、そこにも行った。

古村落入り口付近。
素朴な土壁と石垣が特徴的な村。人の気配はない。

ずっとこのような家々が続く。とにかく人の気配がなく、この村で人が暮らしているのかどうかよく分からない。

ようやく人が。屋根を修理しているようだ。
しかしこの村は、窓やら扉やらが壊れっぱなしの家ばかりで、電信柱はあるけど、子供なんか一人もいないし、生活感が感じられない。

文元院。この集落で一番立派な建物。18世紀に建てられたらしい。

四合院の立派な家。その昔、科挙に合格した人が出たらしい。
一応人が住んでいるようだ。しかし生活感はないし、観覧用に整備されている様子もない。

天井の装飾もさすがに凝っているが、メンテナンスが行き届いてない。
全体的に、住んでいきたいのか、観光地にしたいのか、よく分からない村だ。
もしかしたら今観光地化を目指して住民を立ち退かせている最中なのかな、という印象を受けた。

周囲の山から集落を撮影。
山に三方を囲まれた狭い土地に家がたくさん建ち、山から流れてくる小川で生活用水等をまかなっている。
こういう地形は集落が形成されているところが多い。日本の京都なんかもそうなのかな。

というわけで、廊橋はどれもすばらしかった。
観光は相当しづらいが。
本当は菜の花を見たくて、ネットでは泗渓鎮の廊橋付近にたくさんあるという情報があったから行ったのだが、何にもなかった。

それで、帰りは泰順県から県道228号を北に進み、景寧畲族自治県から、雲景高速という高速道路に乗った。
泰順からこの辺は茶業が盛んらしく、途中で見える山々は延々と茶畑になっていた。

景寧の町中にある、寒山橋。きれいに再建されている。橋の外壁には電飾が縦横無尽に施されている。
この町は今建築ラッシュに沸いているらしく、こんな片田舎に関わらず、高層マンションがたくさん建てられている。
こんな田舎になんでこんなにマンションが必要なんだ、と不審に感じる。
お茶がそんなに儲かるのか、それとも少数民族にお金をばら撒かないといけない政策でもあるのか。

雲景高速の入り口。新しく建設された道路らしく、カーナビの地図には出てこなかった。
やはり路面にはゆがみがなく、とても走りやすかった。
タグ:旅行 浙江
posted by からみもち at 23:51| 上海 | Comment(7) | TrackBack(0) | 旅行観光(華東地区) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする