2013年03月29日

アンナプルナB.C.トレッキングB

anp042.JPG

五日目 アンナプルナB.C. - バンブー
ABCでは寒さで一晩中眠れなかった。頭も痛くなり、喉も渇き、ペットボトルの水も夜中に凍りつき出なくなってしまった。トイレも桶の水が凍っていて流せなくなっている。
anp040.JPG
朝6時半くらいに、空が明るくなってきたので起床し、朝日を見ようとしたが、結局曇っていて見れなかった。せっかくここまで来たのについてない。
体はすごくしんどかったが、一刻も早く標高が少しでも低い場所に移動したかったので、がんばって朝食(パンケーキwithハニーとミルクティー)を食べ、8時半には出発した。

anp041.JPG
マチャプチャレB.C.へ向かう途中、少し晴れ間が出てきて、マチャプチャレにかかる太陽を拝めた。おぼろげだが。
ABCからMBCへは、1時間くらいで着いた。トイレを済まし、すぐにヒマラヤホテルへ向かった。
ヒマラヤホテルまでの道のりは、全て雪道で、おまけにずっと下り坂なので、ものすごく危険だった。
もしも杖がなかったらどこかの崖から落っこちていたかもしれない。
雪道がものすごく滑り、普通に歩いていられないので、スキーの要領で腰を落として土踏まずに重心を持ってきて体を斜面と平行にして、雪道を滑走した。
しかし2回ほどバランスを崩して右手をついてしまい、右手首を痛めてしまった。

anp043.JPG
ヒマラヤホテルからバンブーに向かう途中で野生のサルの群れに遭遇。
このへんまで来ると、もう雪がない標高だ。

この日は、バンブーという集落に宿泊した。午後5時頃到着、標高2,310メートル。
現金なもので、この標高まで下りてくると、頭痛もほとんどなくなっていた。
ホットシャワーがあるという話だったが、一日中曇で太陽電池の電力がたまらなかったらしく、全然温かくなかった。

六日目 バンブー - ジヌー
anp044.JPG
この日は、一日中雨だった。朝からこんな天気だ。歩くのが嫌になる。
朝食を取り、9時半にバンブーを出発した。出発からずっと青いビニールをかぶって歩かないといけない。
視界も前しかないし、もう歩くことしかできないので、MP3で音楽を聞きながら歩いてしまった。
そういうわけで、この日はひたすら歩いているだけだった。
昼食をダウンシノワでとり、チョムロンを通りぬけ、ジヌーまで歩いた。
anp045.JPG
チョムロンあたりまで歩いてくると、もう雪山がはるか後ろに見える。しかし相変わらず雲は多い。
この日は雷も何度も鳴っていて、雨季かよと思いながら歩いた。

anp048.JPG
ジヌーには、4時頃に着いた。写真は、ジヌーで泊まった宿。
チョムロン(標高2,170米)からジヌー(標高1,780米)は石段をずっと下る道で、川が合流する谷あいの地形にジヌーがある。
ジヌーは、温泉があり、トレッカーがたくさん宿泊していた。
ジヌーの集落から温泉は、片道徒歩30分くらいかかり、結構大変だが、温泉は川沿いの露天風呂で、なかなかよい。
anp046.JPG
こういう感じで川沿いに脱衣所と温泉がある。外で着替えている人がいるが、この奥に男女別の脱衣所がある。入浴料は50ルピー。anp047.JPG
温泉。温度はちょうどよく、湯船は2つあり、どちらも清潔だった。2つの湯船の間にお湯が出っぱなしのシャワーが3つあり、体を洗える。
客は結構いて、ほとんどが欧米人、それに加えて付き添いのガイド。格好は、水着をつけているか、水着がない人はシャツ等を着たまま入っていた。
湯温もちょうどよく、風景も良いので、ゆっくりしたかったが、5時半で終了だということで早々に追い出された。
帰り道は照明など一切無く自分の視力だけが頼りなので、5時半終了で追い出されて逆によかった。

7日目 ジヌー - タダパニ
この日は、8時半に出発した。
またまた雨がちな日で、ビニールをかぶっての出発だ。
anp049.JPG
目の前の斜面に段々畑が広がり、なかなか見晴らしが良い。晴れていたら気持ちよく歩けるんだろうが。
対岸の山に見える集落が、次の目的地のガンドルック。

anp050.JPG
ガンドルック入り口。2時間半くらい歩き、ここまで来たのが11時過ぎ。
アップダウンが多いし体調も悪いし天気も悪いしで結構きつかった。

anp051.JPG
ガンドルックの集落の風景。
ガンドルックはこのような伝統的な家屋が並ぶ、美しい街並みで有名な集落らしい。
観光地化もされておらず、生活感もあって、もっとゆっくりしたかったが、食事できる所が村の中で開いておらず、早々に通り過ぎてしまった。

anp052.JPG
村からはヒマラヤ山脈が見渡せる。晴れてたらすごくいいんだろうけど。

anp053.JPG
昼食はガンドルックから30分あまり歩いたここで取った。
ここの食堂からはヒマラヤ山脈が一望できる。やはり晴れてたらすごくいいんだろうけど。

anp054.JPG
この食堂で、マリファナを見せてもらった。この手に乗ってるのがマリファナ。
匂いを嗅ぐと、何か杉の木とシソの葉を足したような、清涼感のあるいい匂いだった。
タバコに詰めて吸うといいらしい。

anp055.JPG
ガンドルックからタダパニまでの道のり。こういう感じの不思議な光景の林を抜けていく。
この道はトレッキングの地図には「Group Trekking Suggested」と書いてあるけど、この林の中の道は分かりにくく迷子になりやすいかも知れない。
anp056.JPG
この花は、ネパールの国花らしい。こんな花も咲いている。

ガンドルック先の食堂から歩いて3時間強、タダパニには5時くらいに着いた。標高2,630米で、前日のジヌーよりも1,000メートル高く、また頭が痛くなった。

anp057.JPG
タダパニは規模が大きく、観光客もたくさんいた。ゴレパニ-タダパニ-ガンドルックと進むルートが比較的短期間で巡れて人気なようだ。韓国人や中国人の団体がたくさんいた。

タダパニはシャワー設備も整備されていて、暖かいシャワーを存分に浴びることが出来た。気温はやっぱり低く、部屋では寝袋に入ってじっとしてるしかなかった。
宿泊した宿で、調子に乗って焼きそばみたいなメニューを頼んだら、塩味の焼きそばの上に大量のチーズが乗っていて、途中で気持ち悪くなった。
ABCでピザを食べた時も気持ち悪くなったし、ネパールのチーズが口にあわないのかもしれない。

八日目 タダパニ - ゴレパニ

anp058.JPG
タダパニの朝。集落の北側からヒマラヤ山脈が見渡せる。一枚の写真では写りきらない。晴れていたし、すごい景色だった。この旅行で一番かもしれない。

anp059.JPG
ちょっと引いた位置から、マチャプチャレを撮る。
三日前はあの山が目の前にあったんだと思うと感慨深い。

この日は頭が痛くて体もものすごくだるかった。
標高を一旦下がったのをまた急激に上がってきたからか、すごくきつかったので、これからさらに高い標高2,860メートルのゴレパニに向かうのが嫌で、ガンドルック方面に引き返したかった。
しかしガイドにどう言っていいものかわからないし、惰性で前進することになった。

anp060.JPG
タダパニからゴレパニまでのルートは、標高3,180メートルの峠を通るので、途中の道はずっと雪道で、さらに悪い事に溶けて氷になっていた。
ガイドですらつるつる滑り、何回か転んで、ついには自前で杖を作っていた。
anp061.JPG
こういう道を登るのだ。ほとんど滑り台みたいだ。
こういう道は登れないので、端の踏み固められてない雪の上を歩くしかない。
こういう氷の道に差し掛かった時、ガイドに引き返そうと声をかけたが、ガイドは問題ないと言って聞かず、しょうがないのでこういう道を這うようにして一歩一歩登った。
結局こういう氷の道が延々3〜4時間続いたんじゃないか。

anp062.JPG
ここはデウラリ峠。見晴らしはいいけど風がとても強い。
真正面の山の山頂にみえるのが、「プーンヒル」の展望台。
ここまで来たら、あとは下り坂で、雪もあまりない。

anp063.JPG
ゴレパニ村の入り口。着いたのは4時半くらい。
ここに着いた時は本当に疲れきっていた。

anp064.JPG
泊まったのはこの宿。村の上の方にある。
見晴らしもよく、建物の中も暖かく、なかなかいい宿だった。
しかし、この時は体調がかなり悪く、部屋に着いたらすぐにベッドに倒れ込んで起き上がれなくなった。
後で体温を計ると熱が少しあった。
夕食もパンとスープくらいでかなり控えめになった。

9日目 ゴレパニ - ポカラ
この日の朝は、通常であればゴレパニから歩いて1時間ほどのところにあるプーンヒルという場所で日の出を見るのが一般的みたいだったが、無理だった。
なぜなら、体調がかなり悪く、プーンヒルへの道のりについても、プーンヒルの標高が3,193メートルなので途中はずっと氷道になってるはずなので、行く気力がなかったし、タダパニでいい景色をもう見たので、もういいかなと思った。

というわけで、8時過ぎまで部屋でうだうだしていたが、この標高にいてはこの頭痛が続くと思ったので、山を降りることにした。

anp065.JPG
ゴレパニの街並み。ちょっとネパールを感じさせる。
電信柱や売店があり、旅行者向けの設備が整っている様子が見て取れる。

この日の予定は、ゴレパニからティルケドゥンガまでだった。
地図上では川沿いのゆるい下り坂ずっと下っていくので、かなり簡単な様子だった。

anp066.JPG
ここはバンタンティという集落のレストラン。標高2,210米。ゴレパニからは2時間くらい。
ここで昼食を取り、しばらく休憩した。

anp068.JPG
尾根伝いに歩く。眼下に見えるのはウレリという集落。標高1,960米。
ここまで来ると、体が徐々に戻ってくるのを感じてくる。
しかし山を降りるときになってこの快晴はなんなんだ。

anp067.JPG
天候にも恵まれ、午後3時半くらいに、ティルケドゥンガについてしまった。
この時間だったら今日中にポカラに帰れると思い、ガイドに伝えたところ、ボスが許可しないと言って聞かない。
9日に短縮したら1日分のお金が返ってくることを事前に約束済みだと言って、さらにその返ってきたお金をあなたにあげるから今日中に戻ろうというと、俄然やる気を見せ、ボスに電話してくれた。
ガイドが話したところボスが同意しないということで、自分が直接話し、出発前の約定を再度確認させた。
9日での帰還を同意しなかった理由が、9という数字がネパールでは縁起が悪い、というもので、そんなジンクスはガイドも聞いたことがないというので、訳が分からない。
まあ結果オーライだ。
というわけで、この日のうちにポカラに戻ることになった。

anp069.JPG
ビレタンティへの道。ロバがこんなに隊列を組んで登れるほど道が広くなっている。車の轍も見える。

anp070.JPG
ビレタンティの標識が出てきた。ゴールは近い。
このへんまで来ると半分駆け足の早歩きになっていた。
低地に来たからか、体調がどんどん回復して、疲れているはずがどんどん元気になっていく。
頭が痛くてイライラしてたのが嘘のようだった。

anp071.JPG
ビレタンティのチェックポイントに到着。午後5時ジャストだった。
チェックポイントでスタンプを押して貰い、完全に下山したことになった。

anp072.JPG
スタンプを貰って路上に出ると、ガイドがタクシーを拾ってくれていた。
地図を見るとナヤプルまで出ないと車道がないが、実際はビレタンティでタクシーを拾えるようだ。
ポカラまでのタクシー代はいくらか分からない。ガイドに3,000ルピー渡し、タクシーの手配と値段交渉は彼に任せてお釣りをチップとしてガイドにあげることにした。
バスも走ってたみたいだが、バスを待つ気力もぎゅう詰めの車内で1時間以上縮こまっている気力もなかったので、多少金がかかってもタクシーでよかった。

結局最後の日は、体調最悪から始まり、最終的には12〜3キロも歩いた。尾根伝いの平坦な道が多かったのもあるが、やはり標高の低い場所に帰ってきたのは大きい。
さらに、昨日はブランケット2枚+寝袋で、宿自体も暖房がうっすら効いていたお陰で、ぐっすり眠れ、実は元気になっていたようだ。
安眠を得るには十分な防寒が必要なんだな。


という訳でアンナプルナトレッキングは9日間かけて無事帰ってこれた。
当たり前のことなんだけど、やっぱり人間は住みやすいところに街を作って暮らしてるんだな、ということを思った。平地が増えて川幅も広くなると道幅も増え人家も増える。何日かぶりに人間が田畑を開墾し道路を整備している環境を見ると、人間てすごいな、と思った。
posted by からみもち at 03:58| 上海 | Comment(2) | TrackBack(0) | 旅行観光(その他アジア) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月28日

アンナプルナB.C.トレッキングA

一日目 フェディ - ランドルック
朝8時頃にホテルを出発し、タクシーで30分弱、フェディというところにある登山口に着いた。フェディまでのタクシーと言っても宿の主人が自家用車で送ってくれて、800ルピーだった。

anp004.JPG
フェディの登山口。左奥の石段を登っていく。標高1,130メートル。ここから石段を、一気に1,650メートルまで登る。

anp005.JPG
尾根まで登り、ダンプスという村まで行くと見晴らしが良くなる。遠くに見える高い山は「マチャプチャレ」という山。別名"Fish tail"。標高6,993メートル。

ダンプスを過ぎて見晴らしの良い道を暫く歩く。道はずっと石畳が綺麗に敷かれていて、とても歩きやすい。
バックパックもガイドさんに持ってもらっているので、快適に歩ける。
昼ごろにポタナという村に着いた。標高1,890メートル。

anp007.JPG
ポタナの村はこういう感じ。トレッキングルート沿いにある村はどれもこんな風で、しかしこの村は車道にまだ近いし大きな方だ。

anp006.JPG
アンナプルナ保護区のチェックポイント。ここでチェックを台帳にサインして許可証にスタンプを押して貰わないといけない。ポタナにある。

anp009.JPG
この周辺の地図。動物のイラストがいい味を出している。

ポタナで昼飯も食べた。
anp008.JPG
これは「ダルバート」と呼ばれる、ネパールでポピュラーな定食。黄色いおかずが「カレー」、お椀に入っているのが「ダル」という豆のスープ、炒めた野菜は「ベジタブル」と呼んでた。煎餅みたいなやつは、砕いて「ダル」に入れて食べていた。ダルが塩気があまりないので、煎餅みたいのを入れるとちょうどいい塩気になって美味しく食べれる。この他に、ピクルスが付いてくるのが通常だ。トレッキング中はほぼ毎日昼と夜にこれを食べて過ごした。
ダルバートの何がいいかというと、一見すると量が少ないように思うが、全てがおかわり自由なのだ。食べ終わる頃に頃合いを見計らって店の人がおかわりするかどうか聞きに来てくれる。これで米と芋と豆と青菜が摂取できるので、バランスも取れている。

anp010.JPG
ポタナからまたしばらくは尾根伝いや斜面沿いに比較的平坦な道が続く。段々畑が広がり、まだまだ生活感のある風景だ。

それから下り坂があり、谷を一つ越える。吊り橋を渡るのは楽しい。でも橋を渡ると必ず登り階段が待っているのだ。
anp011.JPG
橋を渡って石段を登り、トルカという村に着く。標高1,700メートル。トルカでお茶休憩を取り、また歩き始める。
お茶はガイドと一緒に飲む、というか、ガイドが飲みたがる。ガイドは水を準備しておらず、途中で水分を全く取らないので、お茶は飲みたいんだろうなというのは分かるが、前払いしたガイド料にお茶代は含まれない。自分は、自分とガイドの会計を分けていたので、一緒に飲んでもお金を払ったのは一人分だった。会計時に一人分か二人分か聞かれたので、自分とガイドの費用を前払いしてた人は恐らく二人分払わされるんじゃないか。
飲みたいって言われて一緒に飲んでお金を全部払わせられるのは少しイライラすると思うので、この辺を考えると会計を別にして良かったのかなと思う。

個人的な推測だが、恐らくガイドは食事も宿もお金を払ってないのではないのかと思う。出発前もお金を準備してないし、トレッキング中もお金を払っている所を見たことがなかった。旅行客はダルバートでも400〜500ルピー、お茶でも50〜100ルピー取られるので、それで儲けているのではないかな。

anp012.JPG
午後5時前にランドルックという村に着いた。この日はこの村で宿泊する。午後は天気が曇ってきて、というか午後は毎日天候が崩れるみたいで、ほぼ毎日雨か雪だった。この日は雨に振られなかっただけましだった。
anp013.JPG
泊まったのはこんな外観を持つこの宿。250ルピー。一応電気は通ってるが、停電の時間が長い。ホットシャワーも出る。でも部屋もシャワーもひどいもんだった。値段なりなのかな。

anp014.JPG
夕食は、カレーとスープを食べた。500ルピー近くかかった。美味しかったけど、これ以降は頼まなかった。ダルバートを頼んだほうが、カレーもスープも付いてその他に野菜と漬物も付いておかわり自由で値段も安い。ちなみにこの時は停電中なのでろうそくの明かりで食事をとっている。


二日目 ランドルック - シノワ
ランドルックでの朝食は、パンケーキwithハニーとミルクティー、185ルピーだった。蜂蜜が美味しくて、以降朝食はほぼ毎日これだった。すごく美味しいヒマラヤミツバチの蜂蜜というのはこれか、と。まあその保証はどこにもないが、気分的に美味しい物を食べてる体でいられた。

anp015.JPG
ランドルックは、朝8時に出発した。しばらくは川沿いの道を歩く。橋を2回くらい渡り、11時頃にジヌーという村に着いた。ジヌーは温泉があり、人気の宿泊地だが、まだ2日目の昼前でそんなに疲れてないので温泉に惹かれなかったので、今回は昼食だけとって素通りすることにした。食事してると雨が降ってきて、2時間くらい足止めされた。
待ってる間は年配の韓国人の団体が昼食を食べに来て、食材を持ち込んで韓国鍋みたいのを作ってもらってて、それからキムチを大量に持ち込んでみんなで食べてた。このへんの執着はさすがだ。
しかし道中は韓国人団体はまあ多かった。中国人もそこそこいたが。日本人はほとんどいなかった。当初は日本人の少なさを疑問に思っていたが、終わってみると、正直大勢の団体を組めるほど魅力のある旅程ではなかったと思うので、彼らは何であんなにたくさんトレッキングしてたのか、今は逆に韓国人等の多さを不思議に思う。

午後1時半くらいになり、雨が弱まったので出発した。
anp017.JPG
ジヌーで村人が何かの儀式をやっていた。よく分からなかったが、成人式みたいなものということだった。
それで出発してから30分くらいたって、また強い雨が降り始めたので、小屋によってしばらく雨宿りした。
しかし全然止む気配がなく、どうしたものかと途方に暮れていると、小屋のおばちゃんがポリ袋を持ってきて、一つ100ルピーで売ってくれるということだったので、2つ買って、片側を割き、頭からかぶって出発した。
ジヌーの標高が1,780m、次の村が2,170mで、上り階段が延々と続くので、そこそこ疲れる区画で、豪雨に頭からポリ袋、という不愉快しかない道のりだった。

anp018.JPG
こんな感じで歩いた。背景は、チョムロンという大きな村。この村以降はペットボトルの水が売っておらず、水がほしい時はお店で蒸留水を容器に補充してもらう。
この水色のポリ袋は、水蒸気を全然通さないので、意外に暖かいのは良かったが、こういう村で放し飼いにされてる犬に吠えられるし、牛や羊にも警戒される。見慣れない青い塊が歩いてくるので怖いんだろう。
でもこのポリ袋が後々大活躍する。以降はほぼ毎日ポリ袋をかぶって移動することになる。

anp019.JPG
こんな感じの天気の中、5時過ぎまで延々と歩き、ようやくシノワに着いた。標高2,370メートル。
夕食はいつもの通りダルバートとマサラティー。シノワより上の村ではホットシャワーが有料になるので、しっかりシャワーを浴びる。と言っても、太陽電池で温めているくせにこの日はずっと雨だったので、水も冷たいし、水量もない。布団も一枚だし、まあ山小屋だから贅沢は言えないんだろうけど、苦行だ。


三日目 シノワ - ヒマラヤホテル
anp020.JPG
シノワの村の風景。朝はいつも天気がいいのだ、朝は。
この日もパンケーキwithハニーで朝食をとり、8時に出発。

anp021.JPG
この日の前半はこういう風景の中を歩いた。一面コケだらけ。こういう風景を見ると、しょっちゅう雨が降ってるんだとわかる。雨季とか乾季とか関係ないのか。標高2,500〜2,800メートルくらいはこんな感じの風景だ。
シノワからマチャプチャレB.C.までは川沿いの道を真っ直ぐ登っていく。そんなにきついアップダウンはない。

anp022.JPG
バンブーの村。標高2,310メートル。
建物の後ろに見える山々はすっかり雪を冠っている。
この村で、上から下りてくるトレッカーと何組もすれ違った。全員が、雪が深すぎてヒマラヤホテルで引き返してきた、と言っていた。これはもう限界だと思ったが、ガイドは大丈夫だというので、とりあえず前へ進むことにした。
anp023.JPG
バンブーで昼食も済ませた。相変わらずのダルバート。旅行客にはスプーンとフォークを付けてくれるが、ネパール人は手で直に食べる。

この後、バンブーを出発し、ヒマラヤホテルに着いたのは午後3時過ぎ。途中で大雪に遭い、本当はこの先のデオラリまで行く予定だったが、危険なので少し早いがヒマラヤホテルで断念することにした。標高2,920メートル。
anp024.JPG
ヒマラヤホテルの村の風景。雪がかなり降っている。この雪の中をポリ袋かぶって山登りするのはすごくつらかった。雪がどんどん積もるので滑りにくいのが唯一の救い。
ここまで来ると標高も三千メートル近いので、とても寒い。化繊の保温長袖シャツにワイシャツにフリースに袖なしダウンジャケット、下半身がタイツにズボン重ね着というフル装備で寝袋に入っていても寒さがとれなかった。おまけに掛け布団も臭い。暖房設備もなんにも無いのだ。日本のスキー場だったら、暖かいストーブなんかがあって、窓ガラスが蒸気で濡れてて、ラーメンとかカレーライスとかがすごくうまくて、なんてことを氷点下の部屋の中で凍えながらいつの間にか空想していた。マッチ売りの少女の気持ちが分かった気がした。
ダウンジャケットも薄い袖なしのやつで、それもポカラで現地調達したバッタもので、さらに寝袋も摂氏10度対応のもので、厚着して寝ればどうにかなるだろと思ってたらどうにもならなくて、結局まあナメてたんだな。自然の力は恐ろしい。

ヒマラヤホテルでは、やはり何組か上から下ってきたというトレッカーがいて、彼らはアンナプルナB.C.(以下「ABC」)まで行ってきたと言っていたので、やっぱり進もうということになった。
雪が夜も降り続いているので、どれくらい降り積もるのかが不安だった。履いてきたトレッキングシューズがくるぶしも隠れない浅いやつで、雪の侵入防止の装備もなかった。アイゼンもないので、雪が降らずに翌朝雪が氷になるのもダメだし、不安だらけだった。


四日目 ヒマラヤホテル - アンナプルナB.C.
anp025.JPG
ヒマラヤホテルの早朝。まさに一面の銀世界。空も雲ひとつない。この快晴の天気が午前中しか持たないのだ。
この日は前日の吹雪で多くの旅客が足止めされ、村の宿はそこそこ混み合っていた。その中で韓国人の団体客が泊まっていて、彼らが8時半ごろに出発するというので、ガイドと話し合い、自分らは9時くらいに出発し、彼らの踏み固めた雪道を辿って楽に歩こうということになった。

anp026.JPG
しかし1時間も経たずに追いついてしまった。でも追い抜いても足跡で細い道ができているので、何とかなった。

anp027.JPG
山の上の方で小さな雪崩が起こっている。雷の音を小さくしたような音がする。このへんの道は午後は雪崩が危険で通行を勧めていないらしい。
ヒマラヤホテルからマチャプチャレB.C.(以下「MBC」)までの道は大変で、滑り落ちそうな崖道とか橋のない川をジャンプして渡る箇所とかがあった。
anp029.JPG
ここをジャンプして渡る。川幅は1.5メートルくらいあろうかという。自分はいいとして、ガイドさんはここをバックパック背負いながらジャンプしてた。マリオ並みの身体能力だ。
anp030.JPG
足跡をたどって、川を渡る。金属の橋で滑らないかどうか緊張した。雪が積もって標識が全く見えず、たまに分かれ道もあるので、ガイドがいないと危険な目に遭うかもしれない。
雪道で滑る場所も多く、さすがに生命の危険を感じたので、杖がほしいとガイドに言ったらヒンクという村で木の杖を手に入れてくれた。これが雪道を歩くのにものすごく役に立った。やっぱりスティックって必要なんだなと身にしみた。

anp031.JPG
道無き道を行く。遠くにMBCが見える。空にはだいぶ雲が出てきている。

anp032.JPG
MBCに到着し、お茶を飲んで憩いのひととき。到着は午後1時半頃。標高は3,700メートル。
左側の黒い服の立っている人は、中国人で、防水装備がないからって両足の靴の上からビニール袋を履いてふくらはぎをガムテープでぐるぐる巻きにして留めてる。相当な変わり者だ。こんなのでよくあの雪道を無事に乗り切ったなとただただ感心する。
anp033.JPG
建物の中には、蜂の巣の飾りが。あの名産のヒマラヤオオミツバチの巣だろうか。

anp034.JPG
ちょっと食事してる間に天候は悪化した。吹雪くんじゃないかというような曇り空だ。かなり不安だったが、ガイドが大丈夫だというから、先へ進むことにした。3時くらいに出発した。

anp035.JPG
ABCへ行く途中。先が見えない。幸いなことに道はとても緩やかで、晴れてたらとても歩きやすいと思う。

anp036.JPG
ABCの看板。遠くにABCが見える。5時くらいにはABCに到着した。これまでの道と比べ、道自体はかなり楽だった。しかし良い風景が全然撮れない。

anp037.JPG
ABCの集落。標高4,130メートル。
ここに着いた時はすごく嬉しかった。ここを目標に雨や雪の中を何日間も歩いてきたので、たどり着いたということにまずほっとした。
でも冷静に周りを見渡すと、天気が悪くて何も見えないし、8,000m級の山々に囲まれているので見晴らしも悪く、登り切ったという達成感はない。というよりむしろ登山家にとってはここが出発点なのではないか。
宿では、食堂で薪を炊いていて、旅行者たちが溜まっていた。完全に零下で、暖房のない部屋にいるのは寒すぎるのだろう。

anp039.JPG
夕方になり、ちょっと晴れ間が出た。マチャプチャレに夕日が当たって、少し良い感じになった。でもすぐに雲が出てきてしまい、十分に堪能できなかった。山の天気は変わりやすい。

anp038.JPG
泊まったのはこの部屋。例によってベッド以外何もない。
この日の夜は、ポカラでカップ麺を買って来ていたので、目的地に着いたということでカップ麺を食べることにした。カップ麺だけだと味気ないので、ピザを頼んだ。ちなみに、ピザはガイドにずっと勧められていたメニューで、値段もダルバートと変わらないのでいつか食べようと思っていた。
しかし、韓国製の日本風うどんが、生麺タイプで、標高四千メートルで水の沸点が低くて麺がいくらお湯に浸してもパサパサしてて、すごくまずかった。汁も変に甘ったるくて口に合わなかった。
ピザも、美味しかったが量がとても多く、食べきれず、ガイドさんにも協力してもらった。ピザは頼んでみて、何でガイドがあんなにプッシュしてくるのか分かった気がした。一人じゃ食べ切れないからガイドにも回ってくるのだ。多分ダルバート以外はお金を払わないと食べさせてくれないから、ピザは食べたくても食べられないのではないか。

夜は、すごくきつかった。寒すぎて眠れないのだ。高度があるからなのかそれとも寒さからなのか、心拍数が全然下がらず、体もガタガタ震えたまんまで、一睡もできなかった。寒冷地獄だった。目的地まで来てこのきつさ、おまけに谷底みたいな場所で見晴らしも悪く、我ながら山伏かよと思った。なぜこのような苦行を行うのか。
posted by からみもち at 09:11| 上海 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅行観光(その他アジア) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月27日

アンナプルナB.C.トレッキング@

随分前になってしまったが、1月31日〜2月8日の日程で、ネパール、ヒマラヤ山脈のアンナプルナ連峰をトレッキングしてきた。
10日の予定だったが、熱が出て山にいるのが辛くなり、結局9日間で切り上げた。
毎日雨か雪に遭い、雪道を散々歩いて、おまけに熱は出るし、もはや苦行としか思えない道行だった。
全体的な感想としては、冬山をなめてはいかん、ということだ。ステッキもアイゼンもなく寝袋も薄いものだったので、とっても辛い思いをした。もう二度と来たくないと思いながらずっと歩いていた。
日程は以下の通り。
アンナプルナトレッキングの日程
日数 出発地 出発時間 到着時間 到着地 宿泊地標高
一日目 フェディ 8:30 16:00 ランドルック 1,640
二日目 ランドルック 8:00 16:30 シノワ 2,360
三日目 シノワ 8:00 15:00 ヒマラヤホテル 2,920
四日目 ヒマラヤホテル 9:00 17:00 アンナプルナB.C. 4,130
五日目 アンナプルナB.C. 8:30 17:00 バンブー 2,310
六日目 バンブー 8:30 16:00 ジヌー 1,780
七日目 ジヌー 8:30 17:00 タダパニ 2,630
八日目 タダパニ 8:30 17:00 ゴレパニ 2,860
九日目 ゴレパニ 9:30 17:00 ビレタンティ (ポカラ)

費用について
レートは1ルピー=1円くらい。
20$×9日=180$(ガイドの宿泊費、食費込)をガイドに支払う。アンナプルナ入境許可証+TIMS許可証3,000ルピー、それから毎日の食費、宿泊費その他諸々が一日2,000ルピーくらい×9日=18,000ルピー、それからポカラからの行き帰りのタクシー代が3,800ルピー。合計で25,000ルピーと180$くらいかかった。

anp002.JPG
ポカラでは、この「Sakura Hotel」に宿泊した。旅行会社もやっていて、ガイドや許可証の手配も全てここでやってもらった。
宿の主人を含め家族一同日本語ができ、とても過ごしやすかったが、値段は交渉が必要。ガイド代も、最初は全部込み(ガイドと自分の宿泊費、食費)で50ドルと言われ、それから全部込み35ドルまで下がり、さらにガイドのみの20ドルになった。宿代も、最初は15ドルと言われてたのが、700ルピーまで下がり、不信感を抱くほどだ。概ね最初の値の半額まで下がるという。
anp003.JPG
4階のテラスからはアンナプルナ連峰が見える。8,000メートル級の山々が屋上から見渡せる日常というのはどんなもんなんだろう。見飽きるのかな。
anp001.JPG
この人はガイドのタラさん。バックパックを背負って9日間一緒に歩いてくれた。身体能力が高すぎて、運動靴で杖なしで雪山どころかアイスバーンをどんどん進んでいくので、安全面のガイドはしてくれない感じだが、結果無事に案内してくれた。
この写真は標高3,000メートル付近、ヒマラヤホテル近辺で撮った。これより上はずっとこういう雪山になっている。本当に厳しい行程だった。

細かいところは順次更新していくと思う。
posted by からみもち at 08:34| 上海 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅行観光(その他アジア) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月30日

ポカラより

今、ネパールのポカラというところにいる。
ポカラは、フェワ湖という湖のほとりに開けた町で、カトマンズの西200キロくらいに位置し、バスで7時間ほどのところにある。標高は800mほどで、気温は結構暖かく、昼間は半袖でも過ごせないことはない。
ポカラの町からはすぐ近くにヒマラヤ山脈が見え、トレッキングに行く旅行者たちが準備したり休んだりする町でもある。

というわけで、明日から、10日間のトレッキングに行く。
本当は一人で行こうかと思ったが、いろいろあってガイド兼ポーターを1日20ドル(食費、宿泊費込み)で雇うことになった。

ポカラに着いたバス停で客引きに会い、客引きのネパール人のおじさんの見事な日本語と、名刺を渡され、「とりあえず行ってみて。嫌だったら泊まらないで、近くにいっぱい別のホテルあるから。」という謙虚な客引きに心を捕まれ、日本人を分かってるな、と思い、その「サクラホテル」というところに泊まることにした。
それで、そこの宿が旅行会社もやっていて、そこの主人も日本語ができる人だった。入境証等も安く作ってくれるというので、トレッキング許可証と山への入境証を3,000ルピーで作ってもらうことにした。
そしたら、許可証には単独用とガイド付き用と二種類あって、どちらか選ばないといけず、許可証に代行した旅行会社の名前が印刷されるので、ガイドを連れて行く場合はその旅行会社のガイドでないといけないと言われた。
ちょっと後出し気味に言われたので、怪しいなと思いながら、「歩き方」に山賊が出るみたいなことも書いてあったし、正直バックパックを背負い続けると腰椎あたりで色んなことが起きそうなので、まあガイドをお願いしてみようか、ということにした。
旅行会社のおっさんは、20ドルにすべて含まれるので、ガイドには何も渡さなくてよい、と言っているが、実際に後で法外な金銭を要求された例もあるようだし、どうなんだか分からない。だから事前に会って、経験はどれくらいあるのか、荷物はもてるのか、騙したりしそうにないのか等を探りたいと思ったのだが、出発する時に会って話すから大丈夫だと言って、取り合ってくれない。
それで、おっさんがいない時に、宿の1階にたむろしてる若者たちに、山のガイドはこの会社に何人いるんだ、と聞いたら、一人だ、と言う。その人は荷物は持てるのか、経験年数は、と聞いたら、荷物はたぶん持てる、経験年数はたぶん4年くらいじゃないか、というアバウトな答えだった。

こういう流れで明日の出発を迎えているので、不安でいっぱいだ。とりあえず、明日の出発時間と、そのときに旅行会社のおっさんも来てガイドにどういう約束になっているのかを説明してくれるというので、まずひとつ不安が解消された。
本来だったら契約書を作って書面で約定を一つ一つ確認すべきだと思うのだが、領収書すらもものすごいいい加減で、前払いで100ドル(20$*10日/2)払ったのも、領収書に金額しか書いてない。日本人とか欧米人相手に商売するのに、そこそこの金額と生命の安全がかかった大事なものに対して、こんな感じでは正規の会社とは思われないし、トラブルも多くあるだろうと思う。もしくは、旅行者を騙すことを生業としているかだ。
まあ宿を経営する家族たちの面々を見てると、騙すようにも思えないが、こちらが毅然とした態度でいないと騙したくなるのが人情なので、いろいろ言わないといけない。
どうなるか明日で分かる。最悪自分で荷物を持ってガイドに手ぶらで山を登らせることもあり得る。それ以前に高山病で途中棄権というのも大いにある。

ネパールは総じて面白い。
町を歩いてても、レンガ造りの古い町並みがたくさん残っていて、至る所にお寺や仏像がある。民族衣装を着た人も普通にたくさん歩いている。食べ物も、カレーのほかに、餃子みたいな食べ物とかピザみたいな食べ物とかあり、まあまあおいしい。日本語を話せる人が多く、観光地でうろうろしてると話しかけられる。話に乗るとたいてい碌な事ないのはほかの国と一緒だ。停電が多く、大抵日中から夜8時くらいまで停電してるので、シャワー浴びるタイミングとか充電するのに気を使う。レストランやスーパーやらのお店は自家発電で経営してる。これでは工業も発展しようがない。カトマンズの街中でも、いわゆる家内制手工業をやってる家が目立つ。まだまだこれからの国という感じを受ける。
ラベル:旅行 ネパール
posted by からみもち at 23:28| 上海 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行観光(その他アジア) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする